■PROFILE

はにゅ~るい

  • author: はにゅ~るい
  • どんちーさん:知的イケメンカムスタ(天使ハム)
    はにゅ~るい:永遠にその手下
  • RSS
  • ■RECENT ENTRIES
    ■CATEGORY
    ■ARCHIVES
  • 2015年08月 (1)
  • 2015年07月 (4)
  • 2015年06月 (24)
  • 2015年05月 (3)
  • 2014年05月 (1)
  • 2014年03月 (8)
  • 2014年02月 (6)
  • 2014年01月 (1)
  • 2013年08月 (2)
  • 2013年07月 (2)
  • 2013年03月 (6)
  • 2013年01月 (1)
  • 2012年10月 (4)
  • 2012年09月 (1)
  • 2012年08月 (6)
  • 2012年06月 (1)
  • 2012年04月 (1)
  • 2012年03月 (2)
  • 2012年02月 (3)
  • 2012年01月 (2)
  • 2011年12月 (1)
  • 2011年11月 (2)
  • 2011年09月 (2)
  • 2011年08月 (5)
  • 2011年06月 (3)
  • 2011年05月 (15)
  • 2011年04月 (39)
  • 2011年03月 (14)
  • 2011年01月 (2)
  • 2010年12月 (5)
  • 2010年11月 (1)
  • 2010年08月 (1)
  • 2010年07月 (6)
  • 2010年06月 (12)
  • 2010年05月 (2)
  • 2010年04月 (3)
  • 2010年03月 (6)
  • 2010年01月 (1)
  • 2009年08月 (2)
  • 2009年04月 (6)
  • 2009年01月 (1)
  • 2008年12月 (1)
  • 2008年11月 (1)
  • 2008年10月 (1)
  • 2008年08月 (1)
  • 2008年07月 (2)
  • 2008年06月 (2)
  • 2008年05月 (4)
  • 2008年04月 (6)
  • 2008年03月 (1)
  • 2008年01月 (6)
  • 2007年12月 (1)
  • 2007年10月 (1)
  • 2007年09月 (6)
  • 2007年08月 (1)
  • 2007年07月 (3)
  • 2007年06月 (10)
  • 2007年05月 (1)
  • 2007年04月 (3)
  • 2007年03月 (6)
  • 2007年02月 (7)
  • 2007年01月 (2)
  • 2006年12月 (3)
  • 2006年11月 (1)
  • 2006年10月 (7)
  • 2006年09月 (12)
  • 2006年08月 (17)
  • 2006年07月 (27)
  • 2006年06月 (30)
  • 2006年05月 (34)
  • 2006年04月 (33)
  • 2006年03月 (28)
  • 2006年02月 (28)
  • 2006年01月 (37)
  • 2005年12月 (32)
  • 2005年11月 (39)
  • 2005年10月 (63)
  • 2005年09月 (34)
  • 2005年08月 (25)
  • 2005年07月 (38)
  • 2005年06月 (35)
  • 2005年05月 (33)
  • 2005年04月 (47)
  • 2005年03月 (34)
  • 2005年02月 (36)
  • 2005年01月 (35)
  • 2004年12月 (37)
  • 2004年11月 (47)
  • 2004年10月 (44)
  • 2004年09月 (46)
  • 2004年08月 (35)
  • 2004年07月 (71)
  • 2004年06月 (134)
  • 2004年05月 (35)
  • 2004年04月 (6)
  • ■RECENT COMMENTS
    ■RECENT TRACKBACKS
    ■LINKS
    ■ハムスターブログ更新情報
    スポンサーサイト
    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。


    スポンサー広告 | --:--:--| Trackback(-)| Comments(-)
    波動関数と魔法と動物虐待
     そういえば以前波動関数については後日、と言っていたのを思い出したので折角だから書いておくことにしよう。
    とは言え自分は根っからの文系人間なので量子力学に詳しい訳でもない。従って波動関数に関する細かい解説ではなく、それにまつわる雑学的?なお話だと言うことをご了承願いたい。

    さて、その波動関数とはどういうモノかと言うと、様々な存在は観測することによって収斂する・・・つまり誰かが「観る」事によって物体は存在し、事象が起こると言う理屈(いや、理論と呼ぶべきか)である。

     まずはこの波動関数が小説の中でおもしろい使われ方をしていたのでそれを紹介するとしよう。
    その使い方とはタイトルの所にある「魔法」である。
    (ここから先の話はフィクションである事をあらかじめ述べておこう)

     さて、その魔法とはどういうものかと言うと「観測する事で事象が収斂する」と言う理論を拡大解釈し、強力な意志力や知力によって自分の望む事象を強制的に「観る」事ができれば、事象のあり方を自分の望むように変貌させる事が出来る。つまり波動関数で表現される事象を「観る」事が魔法になると言う考え方だ。
    作中でこの説明と共に煙草を「観る」事で空中浮遊させるシーンが描写されていたが、何だか良く判らない魔力とか呪文とかその他小道具で魔法を使うよりもよりリアルな魔法の設定だと関心した覚えがある。
    また続編別のシーンでは人間を「観る」事で狼に強制的に変身させるシーン等も登場していたが、波動関数の理論から行くとこういう事もアリなのだそうだ。

    ‥‥もちろん実際にはあり得ない話だとは思うが、よそ見している内に目の前にあった物体が別の物に化けているとそれはそれで楽しそうだ。
    たとえば自分の観たいモノになるのであれば、今この文章を入力しているPCがよそ見している内に最新式のPCになるハズなのだが‥‥残念ながら知力が足りないせいで今のところPCが知らぬ間にバージョンアップしたと言う経験が無い事を書き添えておこう。

     さて、波動関数の話に戻ろう。
    波動関数とを説明する際に一番多く見受けられるのが「生きていると同時に死んでいる猫」の話である。これはホラーに出てきそうな「子鹿のゾンビ」‥‥ではなくて「ゾンビ猫」の話でもなくて、波動関数を説明する例として用いられる「シュレーディンガーの猫」の事だ。
    シュレーディンガーの猫と言っても別にシュレーディンガー氏が飼っていた孝行猫では無いし、作家センセイと同居している名前がまだ無い猫でも無い。もっと悲惨な境遇にある猫だ。(まぁ名無し猫も最後は溺死なので似たようなモノかもしれないが)

    この猫がどう悲惨なのかと言うと、100年程前のドイツに住んでいたシュレーディンガー氏はどうも動物虐待が趣味だったらしく(嘘)この猫は密閉された箱の中に閉じこめられており、タチの悪いことにこの箱の中には「いつ崩壊するか分からない放射性同位元素をスイッチとする青酸カリ発生装置」がセットされているらしい。訳のわからない装置だと思う方は「いつ作動するか判らない時限殺猫装置」だと思ってもらえればほぼ間違いなかろう。
    で、さらにシュレーディンガー氏は動物虐待が三度の飯よりも好きと見えて(嘘)この密閉された箱を開いた途端に例の殺猫装置が作動する仕掛けまで設置したのだ。

    さて、この箱を数日間放置した後に箱を開けずに外から観察した場合、猫は生きているだろうかそれとも死んでいるだろうか?

    もちろん中が見えないので猫は生きているかもしれないし、死んでいるかもしれない。この状態を波動関数の考え方では「生きていると同時に死んでいる猫」と呼ぶらしい。もちろん猫と言う生き物は生きながら死ねる程器用な生き物ではないので(まぁ、尻尾が2つに増えると化身する程度には器用らしいが)生きているか死んでいるかのどちらかしかありえないのだが、生存確率の数値的にはあり得ない状態で落ち着くそうだ。

    では本当に生きているかどうかを調べるとどうなるかと言うと、もちろん箱を開いた際に例の殺猫装置が作動するので結果としては観察と言う行動によって事象が収斂し、結果として死んだ猫が観察される事になる。つまりこの猫は「生きていると同時に死んでいる猫」と言うよりも「死すべき運命の猫」と言う方がふさわしいのかもしれないが‥‥。
    それはさておきこの場合、猫は元々死んでいたのか、それとも観察するという行為が猫を殺したのかは不明だが(まぁ解剖して死後時間を割り出すのはナシと言うことにしよう)、一つだけ判る事がある。

    それはシュレーディンガー氏が今の日本でこの実験をすると動物愛護法違反で逮捕・起訴されるだろう言うことだ。

    と、ここで一つ補足。
    本来のシュレーディンガーの猫の話には「箱を開くと作動する殺猫装置」は設定されていないらしい。シュレーディンガー氏も多少は動物愛護団体に配慮したのであろう。

    ん?
    と言うことは誰が「箱を開くと作動する殺猫装置」を設置したんだろう??


    と言うことでまとまりが無い上に謎を残したまま波動関数に関するお話はおしまい。

    雑記 | 21:08:00| Trackback(0)| Comments(0)
    平常に近い祝日
     GWも今日で終わりらしく、世間では帰省のラッシュが始まっているらしい。そのせいか、ここ数日間の異様に閑散としていた待ちの雰囲気が普段のそれに戻ったような気がする。

    実は昨日、一昨日と緑内障の目薬が切れてしまったのでそれを求めて町を流離う羽目になったのだが、各所とも昨日までは休日体制だったようで薬局も休みのところが多くてさんざんな目にあった。
    結局目薬は処方箋が必要だと言うことが判明したため、急患として市民病院に行くこととなったのだが・・・まぁ、その話は今日の本題とか関係ないので置いておこう。
    で、そのドタバタのさなかに気づいたのだが、今日から営業=平常状態になっている店舗・医局が多いようだ。カレンダーの上では今日は休みのハズなのだが、民族大移動の具合といい店の具合と言い、今日はどうやら休みの皮をかぶった平日らしい。

    もっとも世のお父さん達にとっては家族サービスづくしの連休は平日よりも忙しくてハードな日々だったろうから、平日でも休日でもお疲れモードには違いないのだろう。

    雑記 | 14:07:00| Trackback(0)| Comments(0)
    勝ち組の条件?
     先日のニュースで人生の勝ち組・負け組を判断する基準として経済力を上げている人が多いと言う調査結果が報告されていた。

    記事を斜め読みしただけなので正確な数値は不明だが、調査結果によると年収1000万円が人生の勝敗を分けるボーダーラインらしく、1000万円超の年収を誇る人の60%程度が自分は勝ち組だと考えているそうだ。
    しかし、年収500万円台でも20%程度の人が自分は人生の勝ち組だと考えている人がいるらしい。これに該当する人はきっと幸せな家庭を築き、金以外の何か素晴らしいものを持っているのだろう。うらやましい限りだ。
    そう考えると年収1000万超の人でも自分は負け組だと考えている人が4割いると言うのはおもしろい。確かに金がなければ生きては行けないが、金だけは幸せには慣れないと言うことなのだろう。

    ちなみにかく言う自分は‥‥と言うと、年収1000万にはとても及ばないが、まぁ平均よりは貰っているらしいので経済的には今のところ不満は無い。勝ち組か負け組か?と問われると微妙な所ではあるが、今のところどちらかを選ぶのであれば勝ち組、だろうか。
    もっとも自分が勝ち組だと思う理由は年収云々ではなくて、休みの多さで他者を圧倒(?)しているからなのだが。

     ちなみに勤め人の平均年間休日は業種や企業規模によっても異なるが、全体平均だとおおよそ105日程度であり、休日130日以上と言うのは全体の0.9%程度らしい。
    で、自分はと言うと出勤すべき日は年度によって若干変動するが、今年は計算上では約80日になっている。と言うことは年間休日はおおよそ280日。一年間の約76%が休みとなる計算である。

    ‥‥なんだか計算していて自分でも怖くなってきた。
    勝ち組とか負け組とか言う以前に殆ど仕事してないぞ、自分。(汗)
    まぁ、出勤しないで自宅で仕事する分量も多い事だし、長期の休暇中には集中して取り組まなければ行けない仕事も多い。おまけにどれだけ長時間残業をしても残業手当も無いし、おまけに年休もない。(まぁ、この出勤ペースで年休があったらそれはまた怖いが)

    で、これだけの休日を有効に活用しているかと言うと、日がな一日ゴロゴロしている日も結構多いのでとてもYesとは答えられないところが我ながら情けない。
    そう考えると有意義な人生を送っている人と比べると、むしろ負け組人生‥‥と言うより廃人人生なのでは?と思うこともしばしばである。
    よくよく考えると自分の駄目ライフに嫌気がさしてきた‥‥お天道様ごめんなさい。(謎)


    と言うことでまぁ、勝ち組負け組などと言っても考え方、気の持ちようでどちらにでも転ぶと言う事なのだろう。

    雑記 | 10:38:00| Trackback(0)| Comments(0)
    他人のブログの文章量から思うこと
    珍しく同日連続投稿である。
    それはさておき、自分でブログを書くようになってから、以前とは少し違った目で他人のブログを見るようになった。

    もちろん内容についてもチェックしてるのだが、一番気になったのは文章量である。

    中には毎日大量のテキストを執筆する文豪タイプの作者もいるようだが、普通の人がつけている(とおぼしき)ブログは1日3行とか5行とか言うのが結構多いようにも見受けられた。
    まぁ、その日にあったことをちょっと書くだけなら5行もあれば充分なのだろうが・・・

    そこでふと思ったのだが、ごくごく普通の生活を送る人は普段あまり文章を書かない・・・そもそも読まない、と言う人も多いのだろう。自分は仕事柄文章を執筆する量は一般人よりも圧倒的に多い部類であるし、活字中毒を自覚している読書狂でもある。(ちなみに、蔵書狂であるかどうかは自分では判らないが、たぶん違うはず)
    故に文章を書く量が長いと言うことはごく普通で、毎日多量の活字を読むことは苦ではなくむしろ快である。だが、そうではない人も存在する・・・と言うより読書離れを嘆く声が頻繁に聞こえてくるところから察するに、むしろ読まず書かずの人の方が圧倒的に多いのだろう。

    個人的感想を言わせてもらうとすれば、読書をせずに人生を過ごすと言うことは生命の偉大なる浪費、知識への冒涜のようにも思える。直ぐ手の届くところにある知識の泉を何故そのまま放置するのか。もっとも、くだらない芸能ネタに踊らされる無知蒙昧な輩に読書の必要性を説いても無駄なのだろうが・・・

    と、あえて長めに意味不明なことを書いてみたが、こういう文章を書き連ねている方がノーマルではないのが現在の日本なのだろう。ブログのようなメディアが普及することで、少しでも一般の人が文章に親しむようになれば良いのだが・・・


    ・・・と、よそ様のブログの文章量から現在の日本を憂うトコまで行っちゃう方が実は困ったちゃんだと言うことは理解してます、はい。(笑)

    雑記 | 22:10:00| Trackback(0)| Comments(0)
    限定解除の覚え書き
    今回はどちらかと言うと公開用と言うよりも自分用の覚え書きである。

    昨日(4/30)に運転免許書の限定解除手続きを行った。
    免許書の表面に記載されている運転時の条件、「眼鏡等」を解除してもらう手続きである。
    免許書に「眼鏡等」と書いてある人間が裸眼で運転していても別に警官に指摘される訳でもないし、とおもって放置していたのだが聞いた話では交通違反で調べられた際に条件違反だとさらにオマケが付くらしいので思いついた時に解除手続きを行った訳だ。

    手続き自体は非常に簡単で、警察署の交通課窓口で限定解除をしたい旨を申し出て、視力検査を行えば終了。
    本来は手続きに申請書か何かを書かないといけないようだったが、窓口のお姉さんが書いてくれたので本人の作業は視力測定用の小箱を覗いただけである。
    しかしまぁ・・・これまで視力測定と言うと「見えません」「わかりません」「上・・・かも」とかのオンパレードであったが、今回はクッキリキッパリ、クリアな感じで気持ちが良かった。
    が、左目が緑内障の影響できわめて見にくく感じるので片目視力の測定時はちょっとピンチだったが・・・。

    ともあれ無事に測定終了し、解除手続きへ。
    が、書類に捺印欄があるのに当日印鑑を持参するのを忘れていたため手続き難航・・・。結局、交通安全協会に問い合わせてもらったところ、視力の限定解除には印鑑は不要と言うことで無事決着した。

    本来であれば免許書の表面から眼鏡等の文字が消える所だか、去年免許証の更新をしたばかりで有効期限がまだ4年弱程残っているため結局は裏面に「解除しましたよ~印」を押される事になった。
    ・・・あと4年もハンコ付きとはちょっとかっこうわるいが、まぁ致し方あるまい。

    視力矯正 | 21:56:00| Trackback(0)| Comments(0)
    前のページ
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。